プラハには非常に多くの古い伝説というものが残されていまして、それらのいくつかは考古学の発展によって解明されつつあるんですが、まだよく分かっていない事もたくさんあります。
そういった伝説の中でも、とりわけ私が大好きなお話を今回ご紹介したいと思います。
ただし、1つ注意点がありまして、これからお話しする伝説はチェコで大変人気のあるもので、元は12世紀初めに書かれたコスマス年代記の中の記述の一部分なんですが、現在は様々なジャンルで創作物の題材ともなっています。
それらの創作物は19世紀のチェコの学者であり作家である大変に著名なアロイス・イラーセクの著書「チェコの伝説と歴史」からインスパイアされたものが多いですが、それぞれの作品の中では若干物語の中身が各々違ってきているんですね。
ここでは、それら無数にある近現代の創作物の中から、私が好きな箇所を抜き出してひとつの物語としてご紹介をしていきます。なので、これもまたインスパイア物のひとつとして読んで頂ければと思います。
これはプラハに街やお城が出来始めた頃の
西暦700年代の頃のお話です。
現在プラハには「プラハ城」と「ヴィシェフラット城」という
2つのお城がありますが、このお話は「ヴィシェフラット城」が
今ある場所を中心に、当時プラハで起きた出来事です。
かつて昔、王様のプシェミスルとそのお妃様のリブシェという二人が一緒になってプラハを中心としたこの一帯を統治していました。
王様のプシェミスルは立派な王様でしたが、それ以上に人々から信頼を寄せられていたのはお妃様のリブシェで、彼女は予知能力を持った人物で巫女としての存在でもありました。
そんなリブシェ王妃が予知や透視をして人々はそれに従い、プラハは大変に平穏な時代を過ごしていました。
しかしある時、リブシェ王妃が亡くなってしまいます。王様プシェミスルや人々は嘆き悲しみました。それ以降、プシェミスル王はより一層、国の統治に励むようになります。
ところが、リブシェ王妃が生きていた頃は、王妃の威徳もありまして、男も女も皆平等に仲違いせずにお互いうまくやっていたのですが、悲しみを払拭するかの様に国の統治に励んでいたプシェミスル王は、そういった民の世事の事細かなところまでは目が届かず、ある頃から男たちが、王妃の後ろ盾をなくした女たちを蔑み始め、「行き場をなくして彷徨う子羊の群れのようだな。」とか「女は家にいろ。男の言う事を聞け。」といった事を言うようになってきました。
当然、女たちは反抗をしましたが、ひとりひとりの力では男にはかないません。
そこで女たちは皆集まり相談をして、ひとりのリーダーを立てました。
そのリーダーの名前は「ヴラスタ」といいまして、彼女はリブシェ王妃が生きていた頃は、王妃に心からの忠誠を誓い、なおかつ王妃の良き話相手であって男勝りの近衛隊長でもあった、最もリブシェ王妃に信頼されていた人物でした。
女たちからの強い勧めでリーダーとなったヴラスタは決断をします。それは、砦を築いて女たちを集め、男たちとは離れて自分たちだけで生活をしよう、という事でした。
そして女たちはそれを実行に移して、女たちだけでの共同生活が始まりましたが、男たちのように戦闘の訓練などをする女たちを見て、男たちはなおも嘲り笑って馬鹿にしていました。
そういった状況が続くと、毎日どこかで男たちと女たちの諍いがあり、時には刃傷沙汰となって多くの人が亡くなる事も度々出てきました。
あまりにもそういった事が続くと、男たちも徐々に本気になって女たちの砦へと攻め込もうとします。そして女たちの方も自分たちの生活を守るために、邪魔となる男たちを襲い始めます。
ついにプシェミスル王はその事態を重く見て事を収めようとしますが、そう簡単には収まりがつかないところまで来てしまっていました。
そこでプシェミスル王はひとりの信頼できる部下をリーダーにして事態の収拾を図るように命じました。
その部下というのは「ツチラト」という男で、彼も、ヴラスタがリブシェ王妃から信頼されていたのと同じように、プシェミスル王からの信頼が厚い若き隊長で、国中の男たちからも大変に慕われていた人情味のある義理堅い男でした。
そしてある時、ツチラトが部下たちと共に森の中を馬に乗って進んでいると、ある大木にひとりの少女が縛られて泣いていました。
それに気づいたツチラトは少女に声をかけました。
「これはお嬢さん、いったい何があったんだい?」
少女はそれに泣きながらも答えます。
「女たちに裏切り者とされて木に縛られてしまったのです。」
それを聞いたツチラトは少女を哀れんで縄をほどいてやりました。
この少女の名は「シャールカ」といいました。
シャールカは縄をほどいてくれたお礼に、男たちに持っていたお酒をふるまいました。
まだ十代の半ばの可憐な少女に男たちはなんの警戒心も持たずに、シャールカにふるまわれたお酒を飲み始めました。
しかし、実はこれが男たちを嵌める罠だったのです。
ここで少し時間をさかのぼりますが、女たちのリーダーであるヴラスタは、プシェミスル王がツチラトをリーダーとして警らの部隊を編成した事を知って焦っていました。
ヴラスタとツチラトは、王宮では互いをよく知る敬いあう間柄で、ヴラスタはツチラトの人となりを良く分かっていました。
ヴラスタは、このツチラトがリーダーとなったからには、男たちは一気に団結をし始めて、近い将来、手に負えないほどの脅威となるであろうと感じていたのです。
そこでヴラスタはシャールカを呼んで、頼み事をひとつしました。
シャールカであれば男たちは油断をして、ふるまわれたお酒を飲んで酔い始めるであろう事をヴラスタは分かっていました。
そしてその通りに男たちはシャールカからもらったお酒を飲んで酔い潰れて寝始めてしまったのです。
シャールカはツチラトに縄をほどいてもらい介抱されながら、ツチラトにお酒をあげて酔い潰れるのを待っていましたが、お酒にも非常に強かったツチラトはなかなか酔い潰れません。
その間、シャールカとツチラトはたくさん話をしました。そしてお互いの事を知るようになって打ち解けてくると、二人は徐々に惹かれ合い意識をし始めました。
十代は半ばの頃のシャールカにとって、優しくて頼もしいツチラトは理想の男性となったのです。
そういった時間が過ぎていくうちに、ツチラトはシャールカの持っていたラッパに気づきました。
「これは?なんでラッパなんか持っているんだい?」
そのラッパは、ヴラスタがシャールカに与えたもので、襲撃の合図のためのラッパでした。
実は女たちはシャールカからのラッパの合図を、少し離れた森の中で待っていたのです。
シャールカは男たちが寝た後にラッパを吹いて女たちに合図を送る事になっていました。
ツチラトから尋ねられたシャールカは答えに困って黙ってしまいました。
そしてツチラトはシャールカに言いました。
「よし、私にそのラッパを貸してごらん。私が試しに吹いてみせよう。」
ラッパを吹くと女たちがやってくる事が分かっていたシャールカはそれを阻もうとしましたが、ツチラトはシャールカのラッパを力いっぱい吹いてしまったのです。
そのラッパの音は森の奥深くまで響き渡りました。
すると森の奥から大勢の女たちが一斉に飛び出してきて、寝ていた男たちを次々と殺していきました。
それに驚いたツチラトでしたが、酔いがまわっていたツチラトは身体が思うように動きません。
そして女たちはツチラトのところにもやってきます。
すると、シャールカはツチラトに覆いかぶさって女たちにこう言いました。
「お願い!この人だけは助けてあげて!」
それを聞いた女たちはいったい何があったのかと驚いてその場で固まりましたが、それを見たヴラスタはすぐにシャールカの気持ちを察しました。
ですが、この罠は本来ツチラトを殺すための罠であるので、当然シャールカの言う事を聞けるわけもなく、ヴラスタは泣いてツチラトにしがみつくシャールカを引き離し、ツチラトは女たちに殺されてしまいました。
そしてこの事態を知った男たちはツチラトが殺された事に動揺し、「なぜあんな素晴らしい人がそんな女たちの卑劣な罠によって死ななければならないのか。」と言い合い、リーダーを失ってしまった男たちは統率が取れないまま、おのおのが怒りに我を忘れて街へ出ていき、街で出会う女たちを殺してまわったり、生かしたまま城へと連れ帰り、縛り付け磔にしました。
それを知ったプシェミスル王は慌てて「そのような蛮行はすぐさまやめるように」と言ったのですが、男たちの怒りは王様であってももはや止める事はできないところまでいっていました。
そして女たちの砦でその事を聞いたヴラスタは大変に取り乱し、そして逆上し、
「おのれ、女たちをただ辱めるだけでは飽き足らず、そのような蛮行にまで及ぶのか!」
そう叫び、馬に乗って単騎で砦を飛び出していきました。そしてそれを見た女たちも慌てて馬に乗ってヴラスタの後へと続きました。
城では、まさか女たちの騎馬軍勢がやってくるとは思わず、男たちは皆油断をしていました。
そこへ、激昂したヴラスタをはじめ女たちが城へとなだれ込み、次々と油断していた男たちを殺してまわり、どうにか生き残って囚われの身となっていた女たちを救い出し、城の外へと連れ出していきました。
しかし、しばらくすると、城から離れた駐屯地にいた王の正規軍がやってきて、その城内での惨状を目の当たりにします。
「これはなんという事だ。」
王の騎馬兵たちはあまりにひどい城内の様子に呆然としましたが、それもすぐに怒りに変わり、城内に残っていた女たちに襲いかかりました。
騎馬同士の真っ向からの戦いでは、どうしたって女たちが王の正規軍に勝てるはずもなく、次々と討ち取られていきます。ですが、女たちの中でただひとり、それら王の騎馬兵たちと互角以上の勝負ができる人間がいました。ヴラスタです。
ヴラスタはただひとり、王の騎馬兵の群れへと突入していき次々と倒し、その間に女たちは城から逃げ出し砦へと向かいました。
孤軍奮闘したヴラスタですが、ついには最後、騎馬兵たちに四方を囲まれ、馬上から叩き落され、力尽き討ち取られてしまいます。
多くの仲間を失った騎馬兵たちは、ヴラスタを討ち取っただけでは気が済まず、ヴラスタの亡骸をさらにバラバラに破壊し、そのまま次に女たちの砦へと一斉に進軍していきました。
砦へ逃げ帰った女たちも防戦をしましたが、若い娘たちばかりが残っていた砦はヴラスタがもういない事を知ってパニックに陥り、結局は門が破られて王の正規軍や男たちがなだれ込み、視界に入る娘たちを全て殺していき、かろうじて息のあった娘たちは、男たちに泣いてすがりつき命乞いをしましたが、最後は全員、塔の上まで連れて行かれ、そこから皆突き落とされてしまいました。
次々と白い鳥の羽のように舞い落ちてきて地面に叩きつけられていく若き娘たちの姿を見ていた男たちは、次第に冷静さを取り戻していきましたが、誰も何も言わずに無言でそれを見続けていました。
砦からなんとか逃げ出せた娘たちもいましたが、助けを求めて家々の戸を叩いても、巻き込まれたくはない住人たちは誰もが無視をし、行き場のなくなった娘たちはそのまま道端で事切れました。
その時、シャールカはヴラスタを追って城へと向かって砦にはいなかったので助かりましたが、城へと到着したシャールカは、ヴラスタのあまりにも無惨な姿を見て正気ではいられず、切り離されたヴラスタの頭部を持って、砦へも帰れずに、ツチラトと出会った森へと向かいました。
そして、森へと到着したシャールカは、ツチラトと出会った場所のすぐ近くの崖の上まで登っていき、そこからヴラスタと一緒に身を投げて、自ら命を絶ってしまいました。
KONEC(おわり)
はい。いかがでしたでしょうか。
物語風なんだか解説風なんだかよくわからない書き方になってしまいましたが、内容は分かって頂けたかと思います。
あまりにも無慈悲なお話ですね。でも好きなんです。自分で書いてて目頭が熱くなってきました。
”この乙女戦争の伝説を既にご存知の方は「なんかこのシャールカ、全然違くない?」と思われたはずですが、正直、(大御所にこんな事言うのもアレですが、)イラーセク版で描かれている極悪非道で狡猾なシャールカ(年代記の中では”アマゾネス”と記述されています)というのが私はあまり好きではないので、、、美人局のようなシャールカではなく、十代の娘らしさのあるシャールカが登場してくる物語を書きました。
イラーセク版では、ほとんど真っ裸で木に縛られたシャールカが色気でツチラト達一行を誘惑して酒で酔わせて男たちとアレコレしてる間にラッパを吹いて女たちを呼びまして、ツチラトは殺さずに生け捕りにして砦まで連れていくんですが、その時にシャールカは縛られたツチラトを見て「オーホッホッホッ!ザマァないわね!」と高笑いをし、砦に到着したらそこでわざわざ拷問をしてからツチラトをなんと車裂きの刑で殺して、さらにツチラトの亡骸を砦の前に晒して男たちに見せつけます。想像を絶するとんでもないア○○レどもですね。十代の娘たちがやる事とは思えません。
という事で、イラーセク版はここでは見送りました。
興味のある方は、日本語に訳されたアロイス・イラーセク著書「チェコの伝説と歴史」もあります。結構お高いですけど。”
そして、この後日談もありまして、女たちとの戦いに勝った男たちは皆集まり、祝勝の宴を始めます。
そこにひとりの女が呼ばれます。彼女の名は「ルミール」といって歌の名手でした。
そして男たちはルミールに、祝いの歌を歌え、と強要します。
そこでルミールが歌った歌は、平和だった在りし日の頃のヴィシェフラットの歌でした。
その歌をルミールが歌っている最中、男たちの頭上に、かつて国中の男たちからも女たちからも敬慕されていたリブシェ王妃の魂が現れ、悲しげな表情をし、消えていきました。
それを目撃した男たちは唖然とし、何も言葉を発する事ができなくなり、歌い終えたルミールは静かにその場を去り、二度とヴィシェフラットに戻る事はありませんでした。
そして、ツチラトとシャールカが出会い、最期にシャールカがヴラスタと共に身を投げた森、この森は実在します。
ディヴォカー・シャールカ(Divoká Šárka)と名付けられた、現在自然保護区となっている美しい森です。クライミングの大会が行われたり、土日の週末にはサイクリングやハイキングに来る人などもいてチェコの人達にとっては人気のスポットです。
プラハの6区にあって、ちょっと中心から離れていますが、空港から中心へ向かう時のバスはこの広大な森の前を通ります。
そして、この乙女戦争の舞台となった場所でもある「ヴィシェフラット城」、もちろんこのお話の8世紀の当時はそんな立派なお城ではありませんが、現在のヴィシェフラット城跡には、その乙女戦争やプラハの伝説の主人公達の彫像がございます。
女たちが砦を築いた場所ではないかとされる所もプラハの5区にありまして、そこは「ヂェヴィーン城跡(Děvín)」と呼ばれ現在国の文化遺産となっていますが、実際のところはこの城は14世紀のもので、乙女戦争の時に本当にヴラスタたちがそこに砦を築いたかどうかは謎です。そこ以外にもいくつかの候補地がありまして、今プラハ城がある丘の上も実はそのひとつです。
よろしければYouTubeでヴィシェフラット城のガイド動画も上げていますので、ご覧になってみてください。
[プラハガイドの4K散策] ヴィシェフラット城の伝説・乙女戦争、他
そんな多くの伝説に満ち満ちたプラハの街にいらした際には、是非シャールカやヴラスタの事を思い出してあげてください。
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